極楽寺

千葉県は南房総鋸南町にある真言宗智山派のやすらぎの寺院です。

極楽寺について

写経会

 極楽寺は房総半島の南部、鋸南町竜島にあります。     竜島はその昔、源頼朝が石橋山の合戦で敗れ、海をわたって房総半島へと逃れた際、上陸した土地として伝えられています。
 極楽寺の開基は詳らかではありませんが、元禄八年(1695年)の資料が現存しておりますので、およそ320年前から、この竜島の地に所在していたことは確かです。境内の槙の大木の樹齢はそれよりも古いといわれますので、あるいは頼朝の時代にすでに存在したかもしれません。
 極楽寺の本堂は文化3年(1806年)に竜島の大火といわれる火災で焼失しましたが、文化8年2月に中興宥日和尚の尽力により再興しました。
 ご本尊さまは立像の不動明王です。立像の不動明王は特に「波切不動明王」とよばれます。
その昔、漁業の盛んだった竜島の土地で、人々の海上安全を誓願して、立像でお祀りされたのかもしれません。また、昭和三〇年代までは境内に阿弥陀堂がありました。阿弥陀堂の本尊である阿弥陀如来は極楽浄土の教主とされ、いまも不動明王とともに祀られています。寺名もこの阿弥陀如来に由来するのかもしれません。

真言宗智山派とは

宗   派真言宗智山派
総 本 山智積院      京都市東山区東山七条
宗   祖弘法大師 空海  (774年~835年)
中興の祖興教大師 覚鑁  (1095年~1143年)
宗   史平安時代、弘法大師空海は中国から密教を伝え、真言宗を開きました。それより約三百年を経て、興教大師覚鑁は高野山に大伝法院を建立して、真言宗をますます隆盛させ、その後、現在の和歌山県に根来寺を開きました。やがて、根来寺は豊臣秀吉の焼き討ちに遭い、当時の学頭であった玄宥僧正は、京都東山に難を避け智積院を再興しました。後に智積院を中心に活躍していた全国三千の寺院は真言宗智山派として結集し、智積院を総本山と定めました。
教   え凡夫の私たちが、この身このままで仏になることを「即身成仏」といいます。私たちは、悟りを求める心を発こし、多くの人々への慈愛を持ち、修行を実践することによって、自心をありのままに知ることができます。これが、即身成仏への道であると説きます。
ご 本 尊大日如来をはじめとする、曼荼羅諸尊
根本経典 大日経・金剛頂経
読誦経典般若理趣経・般若心経・観音経・光明真言など
ご 宝 号南無大師遍照金剛 南無興教大師
大 本 山成田山新勝寺 川崎大師平間寺 高尾山薬王院
宗立教育機関大正大学 智山専修学院 成田山勧学院